広島高等裁判所松江支部 昭和41年(ネ)5号 判決 1974年12月18日
控訴人
佐々木コノリ
右訴訟代理人
松永和重
被控訴人(亡井原房美承継人)
井原ウメ
ほか四名
右五名訴訟代理人
矢田正一
主文
原判決を取り消す。
被控訴人らの本訴請求を棄却する。
島根県周吉郡西郷町大字中村字河原西谷七七八番二、山林四反一〇歩(四〇〇〇平方メートル)は控訴人の所有であることを確認する。
被控訴人らは控訴人に対し右山林につき松江地方法務局西郷支局昭和三九年九月一七日受付第二二七七号をもつてなされた井原房美への所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は第一、二審とも本訴反訴を通じ被控訴人らの連帯負担とする。
(被控訴人らは当審において本訴請求中山林所有権の確認を求める部分につき訴を取下げた。)
事実《省略》
理由
第一本訴について
一本件山林がもと福永(旧姓小沢)トミの所有であつたこと、福永鶴蔵が昭和三九年五月に右山林をトミから譲受け、その旨の所有権移転登記を了したこと、被控訴人らの被相続人である井原房美が同年九月中に(その具体的な日付はともかくとして)鶴蔵から右山林を買受け、同月一七日これによる所有権移転登記を了したこと、控訴人が同月一八日ごろ以降翌一〇月ごろまでの間に右山林上の立木を自ら伐採し、又はこれを第三者に売却したうえ伐採せしめたこと、このようにして控訴人の責任において伐採された木材の本数、石当り単価は被控訴人らの主張のとおり(原判決摘示本訴請求原因四項参照)で、その価額の総計は一六六万四〇三七円であること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。
二そこで控訴人の抗弁について検討する。
福永鶴蔵が昭和二六年当時福永(小沢)トミの内縁の夫としてこれと同棲し、昭和二八年八月にトミと婚姻したことは当事者間に争いがない。
<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、福永鶴蔵は内妻であつた福永トミの代理人として昭和二六年八月本件山林を小田浦三郎に売渡し、その際小田に対しトミ名義で日付及び宛名の記載のない右山林の売渡証(乙第一号証)右山林の所有権移転登記手続の委任状(同第二号証)及び右山林が昭和二五年五月二〇日訴外守本辰吉からトミに売渡された旨を記載した登記済の公印の押捺された土地売渡証(同第三号証)をトミの印鑑証明書とともに交付した。その後右山林は同じく昭和二六年中に小田から有限会社丸中商会に、同商会から西岡周一に、昭和二七年春ごろ同人から河田武栄に、昭和二八年一〇月二八日ごろ同人から控訴人の養母である亡佐々木セキに順次譲渡され、セキが昭和三七年一月一四日死亡した結果相続人たる控訴人が右山林の所有権を取得した。しかしながら、右各譲渡に際しては前記の売渡証等の書類が譲渡人から譲受人に順次交付されたのみで所有権移転登記はされなかつた。そこで控訴人は右山林の所有者である養母セキの代理人として昭和二九年ごろ以降自ら又は第三者を通じて所有名義人である福永トミの夫である鶴蔵に対し何回か所有権移転登記手続をしてくれるよう求めたが、鶴蔵は、控訴人に対して直接右山林を売つたことはないと言つてこれに応じなかつた。一方、佐々木セキ及び控訴人はセキが本件山林を河田武栄から買入れて以来本件山林を占有管理して間伐や下刈りを行い、また森林組合に対し右山林の所有者として林道賦課金を納付するなどして来たが、これに対し福永トミや鶴蔵が抗議したことはなかつた。以上の事実が認められ<る。証拠判断省略>。
次に、前記当事者間に争いのない各事実、<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、福永トミは昭和四〇年一二月三日に死亡したが、その数年前から病床にあつたところ、当時トミとその夫鶴蔵とには事実上の養子である福永義勝夫婦はいたが実子はなく、トミが死亡した場合の相続関係が複雑になることが予想された。そこで鶴蔵は前記のとおり昭和三九年五月本件山林をトミから譲受けることによつてこれを単独で所有できるように図つたが、右譲渡の実体は贈与であつて、鶴蔵とトミとの間に対価の授受はなかつた。同年八月ごろ、右の事情を知らない控訴人は訴外長沢兼雄に対し訴外横地幸三郎のあつせんで本件山林の間伐材三〇本を売却し、長沢がこれを伐採、搬出したこころ、同年九月一〇日ごろ井原房美が長沢方を訪れ、同人に対し、本件山林は福永鶴蔵が他に売つたものだがその代金のうち一万七、八千円が未払のままなので控訴人にそれを山林の時価に引き直して七、八万円位の金を出すよう話してくれ、そうすれば控訴人に所有権移転登記をしてもよい、と申し入れ、長沢がこれを断つたところ、房美はいつたん立去つてから一時間ほどして再び訪れ、長沢に対し、もし木材の代金をまだ控訴人に払つていなければ払わずにおいてくれと申し入れ、また自分が話したことを控訴人に伝えてくれるよう依頼して帰つた。一方、柊松市は昭和三一年ごろ控訴人の養母セキから本件山林の間伐材を買つて自ら伐採に当つたことがあり、また右山林に隣接する福田某所有の山林を数十年来管理していて本件山林をセキないし控訴人が所有し、かつ占有していることを熟知していたが、前記のように昭和三九年九月いとこである井原房美が右山林を福永鶴蔵から買受けようとした際、場合によつては自ら右山林を買受ける考えで房美とともに右山林を見に行つたり金策に奔走するなどし、これが近隣の噂となつた。同人の姻戚に当る訴外彦根芳三郎はこれを聞いて同月一五日ごろ松市に対し本件山林は控訴人の所有となつており紛争になるから買わないよう忠告したが、結局代金二五万円で房美が鶴蔵から右山林を買受ける契約が同月一七日に締結され、松江地方法務局西郷支局同日受付第二二七七号をもつて房美への所有権移転登記がなされ、右代金は松市が房美に貸付けた金員によつて決済された。なお、右売買契約締結に際し、房美と松市との間で、将来控訴人との紛争が解決したときは右山林を松市に譲渡することが合意され、また房美は同月二六日ごろ訴外宇野勝人(有限会社五箇木材商会代表者)に対し右山林の立木を一〇〇万円位の価額のものであるとして買取るよう申し入れ、その代金の一部として同人振出にかかる金額二〇万円の約束手形の交付を受けた。一方、控訴人は、長沢兼雄、横地幸三郎を通じて前記のとおり井原房美が本件山林について福永鶴蔵に七、八万円の金を払うよう申し入れて来たことを聞き、河田武栄に対し右山林の売主の責任として控訴人に所有権移転登記が得られるようにしてもらいたいと申し入れ、その結果河田は西岡周一とともに同年九月一五日ごろ福永鶴蔵に会つて右登記手続を履行するよう要求したところ、鶴蔵は右山林を小田浦三郎に売つた覚えはないと言つてこれに応じなかつた。同日ごろ、控訴人はさらに彦根芳三郎から柊松市が本件山林を買取るべく金策しているようだと聞き、翌日司法書士に依頼して右山林につき福永トミを相手どり処分禁止の仮処分の申請をしようとしたが、すでにトミから鶴蔵への所有権移転登記がなされていたため果たさず、さらに鶴蔵を相手どつて仮処分の申請を準備中に鶴蔵から房美への所有権移転登記がなされたことを知つたので、このままでは本件山林が立木もろとも房美又は柊松市の手に帰すると考え、これを防ぐため急拠右山林上の立木の伐採を行つた。その際も房美は松市と共に本件山林におもむき、伐採の中止を要求した。柊松市は、昭和四〇年三月本件山林に杉、松の苗を植えたところ、前記山林売買の際井原房美に貸付けた金二五万円の返済に代えて昭和四一年八月右山林を房美から譲受け、松市の妻オスミ名義で所有権移転登記を了した。<証拠判断省略>
以上の認定事実に基づいて考えるに、福永鶴蔵は、福永トミの代理人として小田浦三郎に対し本件山林を売渡した者であり、その後右山林は小田から転々して控訴人の所有に帰したのであるから、鶴蔵が右山林を自らトミから二重に譲受けることは小田及び同人から右山林を転得した控訴人らに対する背信的な行為であるというべきであり、鶴蔵とトミとの夫婦であり、鶴蔵が無償で右山林を譲受けている事実を併せ考えれば、その背信性は一層顕著である。したがつて、鶴蔵は控訴人に対しその所有権取得の登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者に該当しない。しかしながら、鶴蔵が本件山林を譲受けた行為をただちに公の秩序善良の風俗に反し無効なものとは断じ難い。また右行為が背信性を帯び、鶴蔵が控訴人から右山林の所有権をもつて対抗される立場にあることは、必ずしも鶴蔵が右山林につき全くの無権利者であることを意味しないから、鶴蔵からさらに右山林を買受けた井原房美が控訴人からその所有権をもつて対抗されるかどうかは房美自身の右山林を買受けた行為が控訴人に対する関係で背信性を帯びるかどうかにかかつているものと解するのが取引の安全や控訴人と房美の間の衡平の見地からいつても相当と考えられる。
そこで井原房美が控訴人に対し背信的な悪意者であるかどうかを検討するに、房美は本件山林を買受けるに先立つて鶴蔵の使者又は代理人として長沢兼雄を通じ控訴人に対し本件山林の所有権移転登記をする代償として金員を支払うよう申し入れ、また右長沢に対しその控訴人から買入れた木材の代金の支払を差控えるよう求めるなどしており、しかも鶴蔵から当時地上立木だけでも一六六万円位の値打ちのあつた右山林をわずか二五万円で買入れているのであつて、このような事実からすると房美は控訴人が右山林の転得者として右山林を占有していることを知つていたのみならず、右山林の所有権をめぐつて鶴蔵と控訴人との間に生じていた紛争の内容についても相当の認識を有しながら右山林を買受け、多額の利得を挙げようと企てたものと推認することができる。これに加えて、柊松市は控訴人先代から本件山林上の立木を買受けたこともあり、控訴人の右山林に対する所有権をかねて承認していたと見られる者であるところ、房美は右山林を買受けるにあたつて親族の松市から代金の調達、山林の現場の検分、立木の保全等にわたり全面的な協力を受け、また将来右山林を松市に譲渡することを約束し、かつ実行しているのであるから、右買受けは房美が松市の意を受け、実質上同人と共同してしたものということができる。以上のような事情に照らすときは、井原房美自身も本件山林につき控訴人の登記の欠缺を主張することのできない背信的な悪意者であるといわなければならない。
三したがつて控訴人の抗弁は理由があり、井原房美の相続人たる被控訴人らは控訴人の所有権をもつて対抗される結果、控訴人に対し本件山林が房美の所有であつたことに基づく請求をなし得ないので、本件損害賠償請求は失当というべきである。
第二反訴について
一控訴人がその主張のような経過で本件山林を取得したことは、本訴について認定したとおりである。また、右山林について福永鶴蔵から井原房美への控訴人主張の所有権移転登記がなされていること、被控訴人らが房美の相続人であつて右山林に対する控訴人の所有権を争つていることは、当事者間に争いがない。
二そこで進んで抗弁及び再抗弁について判断する。
被控訴人ら主張のような経過で本件山林が福永トミから福永鶴蔵へ、鶴蔵から井原房美へと譲渡され、これについて所有権移転登記がなされたことは房美が右山林を譲受けた日時の点を除き(右日時は、本訴について認定したとおり九月一七日と認められる。)当事者間に争いがない。しかし、右各譲渡がなされた際の事情は本訴について認定したとおりであつて(そのうち、鶴蔵とトミの身分関係については当事者間に争いがない。)、これによれば鶴蔵及び房美はいずれも控訴人の右山林の所有権取得につき登記の欠缺を主張する正当な利益を有しない背信的悪意者というべきである。
三したがつて被控訴人らに対し本件山林の所有権が控訴人に属することの確認と前記福永鶴蔵から井原房美への所有権移転登記手続を求める控訴人の反訴請求はいずれも理由がある。
第三結論
以上によれば、被控訴人らの本訴請求は棄却し、控訴人の反訴請求はいずれも認容すべきものである。したがつて、これと結論を異にする原判決は不当であるからこれを取り消し、なお、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(熊佐義里 加茂紀久男 小川英明)